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【リヴェット付きジーンズ生みの親】ジェイコブデイビスの半生『デニムの教科書vol.3』

ジーンズ特許申請の書類
出典:History101

 

デニム博士になろうという独自連載企画『デニムの教科書』

今回は第3回目となります。

 

本日の内容は、現在のデニムパンツの完成形を生み出したと言われている『ジェイコブデイビス』の半生について紹介。

 

どの様な人物だったのか?そして、どのようにしてリヴェット付きのジーンズを生み出したのか?

彼が生まれた1831年から、リーバイスのリヴェット付きデニムが発売される1873年6月2日までの半生を時系列に沿って紹介します。

 

【この記事を読むとわかること】

・リヴェットデニム開発者ジェイコブデイビスという男のについて知れる
・リヴェット付きデニムが生まれたきっかけとはなにか。
・なぜリーバイスで発売されることになったのか?
etc…
 
 

 

 

ジェイコブデイビスの半生を時系列で紹介

ジェイコブデイビス
出典:Heddels

 

リヴェット付きデニムの生みの親、ジェイコブデイビスの半生を時系列順に紹介。
その後重要な点のみ深堀りしていきます。

 

流し読み程度に御覧ください。

 

ジェイコブ・デイビス【年代表】年齢
1831ラトビア共和国首都リガで生まれる。本名はヤコブ・ユーフィス(リーバイスと同様にユダヤ人)0
1854ニューヨークに渡った。23
1856サンフランシスコに移る。25
〜1868カナダ、ヴァージニアシティーなど各地を転々と渡り様々な事業に挑戦したが、ことごとく失敗に終わる。(酒の販売やタバコの投資など)37
1868ネヴァダ州リーノで裕福ではない仕立て屋としてホゾボソと仕事をこなしていた。37
187012月頃、一人の女性が旦那様に丈夫なパンツを作ってくれないかと依頼(1本3ドル)39
187012月末頃、10オンスのキャンバスパンツのバックポケットにリヴェットを打ち、女性に手渡した(リヴェットパンツの初まり)39
1871リヴェット付きパンツの注文が増え始めたため、キャンバス素材に加えて9オンスのデニム素材のパンツも作り始めた(デニムはリーバイス社製)40
1872(7月2日)当時すでに有名洋服雑貨店となっていたリーバイス社にリヴェットを打ち込むことの特許申請依頼を送った。(特許申請は高く、デイビス一人で支払うことができないため)41
1872(8月9日)わずか一ヶ月で特許申請に踏み出したが、特許は通らなかった。
リヴェットを打つということは技術にすでに革靴に使用されており、特許も取られていたため。
41
1873(5月20日)何度も申請をし、ついに特許が承認された。
リヴェットを打つことでも、打ったパンツの特許でもなく、「ポケット開口部の補強リヴェット」として特許を得た。
42
1873(4月26日)特許が通る前にリーバイス社はジェイコブデイビスをリーバイス者の新工場で雇うこととした。(特許の権利をリーバイスのものにするため)42
1873(6月2日)リーバイス者からリヴェット付きデニムが正式に販売される42

 

 

新しいアイコンいなか
(Inaka1992)
以上がジェイコブデイビスの人生年表になります。

次に重要な部分のみもう少し詳しく紹介します。
 

 

疑問1:なぜリヴェットを打とうという発想が生まれたのか?

様々な事業に挑戦したが失敗続きだったデイヴィスは、なぜリヴェットを打つという世紀の大発明をなし得たのか?

 

【結論】→リヴェットをバックポケットに打つきっかけとなったのは、馬具製作のために使用していた鋲が目に入ったからという偶然の産物だったとされている。

 

デイヴィスは仕立て屋として働いていた時、お金のためにと様々な依頼を受けていた。テントを作ったり、馬具の制作をしたりといわゆるなんでも屋でした。

 

手当り次第に手を出す経営者だったからこそ、リヴェット付きパンツを生み出したのかもしれません。

 

 

疑問2:リーバイスはジェイコブデイビスよりも商売上手であった?

 

年表を詳しく見ると一つおかしな点があります。

 

特許取得日:1873年5月26日

ジェイコブデイビスがリーバイスに雇われた日:1973年4月26日
 
 
当初ジェイコブがリーバイスに提案した特許取得の利益の割合は50%ずつでした。
しかし、蓋を開けてみるとジェイコブは特許が通っていない時点ですでにリーバイスに雇われ囲い込まれていたのです。
 
 
リーバイス新工場の鋲打ちズボン部門の生産管理者となったジェイコブに、いくらお金を積まれたのかはわかりませんが、結果的にリーバイスはリヴェットパンツの特許を得て現在までに巨万の富をえました。
 
 

「ポケット開口部の補強リヴェット」という特許獲得を確信し、事前に囲い込んだのか?

真相は定かではありませんが、リーバイストラウスはかなりのやり手だったことは確かです。

 

もしも、ジェイコブが50%の権利を獲得していたならば、リーバイスとリーではなく、リーバイスとジェイコブというブランドが2大巨頭として君臨していたのかもしれません。

 

疑問3:特許申請にジーンズやデニムという名称は使われていない?

 

特許取得した書類には、デニムやジーンズなどの文字は書かれておらず「パンタルーンズ」と書かれていました。

 

新しいアイコンいなか
パンタルーンズとはパンツの語源とされる言葉で、1870年代からみてもかなり古い呼び方。

 

今で言うところの、ジャケットをジャンパーと呼ぶようなイメージ。
呼び名を変えることで新たなパンツが誕生したという表現をしたのかもしれません。

 

なぜデニムやジーンズと呼ばなかったのかは定かではありませんが、とにかくかなり気合が入っていたことは確かだと思います。

 

【まとめ】ジェイコブ・デイビスはデニムの発展に大きく貢献した

ボンクラデニムのコインポケット

経済力がなく、様々な事業に手を出したからこそ、生まれさ副産物『リヴェット』

このリヴェットが生み出されたことにより、パンツの強度は格段に上り、ゴールドラッシュに耐え抜いたのです。

 

リーバイスストラウスの経営力とジェイコブデイビスの発想力により、今なお愛されるジーンズの原型は完成されました。

 

余談:ジェイコブデイビスの息子の話

ベンデイビスのロゴ

1935年にジェイコブデイビスの息子、サイモンデイビスが息子の名前を使用したブランドを立ち上げました。

その名は『ベンデイビス』

今なお続く超老舗ワークウェアーブランドです。

ジェイコブデイビス死後も、彼のスピリットは続いているのです。

 

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